取り合えず帰還しました。

さて今日は宇和島市吉田町に向かい父親の葬儀です。
7時起床
道後温泉宿8時過ぎ出発
高速道路はすべての区間 例の無料区間につき彫金支払い時に0円の領収書を貰いましたがなぁ。
10時過ぎに到着
11時過ぎに葬儀開始


お経を読んでもらう
初7日・49日の分もその場で行ってもらう
(いつものごとく)
つまりは3度お焼香をやるのです…
その後 納骨をしました



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この地方特有で
1.塔婆が無い
2.最近墓石は○○家と入っているが
かなり昔の墓石に付き南無阿弥陀仏としか入っていない
3.花もみかんの花なので基本的に花らしい花が付いていない
入れる場所も大きい
4.おそらくこの寺を開設するに当たり資金を出したようで
門から入ってすぐの所にある
但し、昭和初期に大阪に移ってしまったため
一部出入りに難がある
5.納骨場所は祭壇の下、骨壷がおそらく2段で20は入る大きさ
1段目には10個置いてある 名前が書いていないので
誰のかは不明
6.供養は300回忌まであるようで、以前来たときには
2代目○○家と貼り出しがあった
今回も100回忌 曾おばあちゃんのお兄さんの名前があった
実はこの方が跡継ぎであったが20代前半で他界してしまい
家に残っていた曾おばあちゃんが家を継ぐことに
結果的に大阪に出て行くことになり
その後、大変苦労なあったようです。
その後の経緯で今の私が存在する。
ちなみに本籍はそのままで愛媛県宇和島市となっており
戸籍謄本を取る際に大変時間がかかる
一時東京に持って来ようとしたが
俺が反対して、そのままになったことがある。
7.位牌は1年間家に保管し、その後お寺に預かってもらう
その後は、過去帳を使う 日めくりになっており
該当日に誰の命日かがわかる
しかし、かなり古く紙がこげ茶色 かなりの年数が経過しており
壊れてしまうので開ける事は皆無に等しい
ちなみにお寺の住職も貴重なものなので空けなくて構わないと
言って頂いた
恐らく15代前から記載があるようだ
初代からのものではなく3代目〜4代目に作成された形跡がある。
初代 2代目は150回忌のときに永代供養を行ったと記載がある
問題なのは屋号
商人だったらしいが初代〜3代目とも大坂屋■■■何代目と
なっているのに
以降は今の苗字+屋と記載が変わっている
この経緯を説明できるものは居ない…


雨が降ることも無く曇り空、無事に葬儀 納骨を終えることが出来た。

関東地方に台風が接近しているということで、飛行機乗る前に 万が一着陸できなかった場合には中部国際空港ならびに、関西空港に向かいます。しかしそれも不可能な場合は、松山空港に戻りますっとアナウンスが有りましたが


無事に到着しましたが、なんといっても、かなりの揺れだったようですが、機内ではもちろん縛睡でしたので、さっぱり覚えておりません…orz

いつも見てくれてありがとうございます。